学会について

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初代会長 掘越 弘毅
(1932-2016)極限環境生物学会名誉会長

独立行政法人 海洋研究開発機構 特任上席研究員, 東京工業大学名誉教授, Kent大学名誉博士, 東洋大学名誉教授

顕微鏡を発明し、その観察結果をロンドンの王立協会に報告したときの一節である。


微生物が関与したものとしてまず最初に挙げられるものに古くから我々が食べている多くの食品がある。古代エジプトの死者の書の中にビールのことが記述され、旧訳聖書の出エジプト記の中に、エジプトからの脱出が余りにも急でパン種をもって逃げることができなかった、そのためしばらくパンがうまく焼けなかったという記述がある。日本でも味噌、醤油、酒等、多くの発酵食品が我々の文化の形成に役立っている。これらの発酵食品についての記述は全て文学的なものでしかなく、他の分野の科学が古代から進歩しているのと対象的である。

微生物が地球上に誕生したのは40億年も前であることを考えると、ルイ・パスツールが有名な肉汁を入れたスワン音フラスコの実験を行い、微生物は自然に発生するのではないと証明したのは1800年代の半ばごろの事であった。またアレキサンダー・フレミングが、たまたま実験中に混入した青徽がバクテリアを殺すのを見つけ、そこから最初の抗生物質であるペニシリンの発見をしたのは1928年のことである。ペニシリンの工業的生産は、工業微生物学はもちろんのこと遺伝学、生理学といった面で微生物学を大きく飛躍させた。1977年、初めてウイルスの遺伝子DNAの配列がマクサムとギルバートによって決められた。約40億年の長い歴史を持った生命の暗号の解読もわずかここ十数年ほどの間になされたといっても過言ではない。

近年、極限環境微生物学が急速に進みつつある。通常の土壌lg中には1千万から10億の微生物を含んでいるが、現在の技術ではわずかに1%から10%ぐらいしかわれわれは分離することができない。少しずつ知識は広がってはいるが、まだまだ地球上には知られないでそのまま放置されている生命が数多くある。これらの未知の生命をどのようにして死滅から守り、保存してつぎの世代に伝えていくかが我々に課せられた使命である。基礎科学は人類にとっての共通語と言ってもよい。私たちは基礎科学という共通語を用いて自然と対話し始めたばかりである。科学は、一枚の白い紙のようなものである。もしピカソがこの紙の上に色をつけたとすると、紙は変じて絵となる。ベートーベンが書けば紙は音楽となる。結論として、私は、微生物学者が微生物と対話する方法を知れば、白い紙の上に新しいバイオテクノロジーを描き発展させるチャンスを手にすることができるだろうと信ずる。目の前を過ぎ去っていく幸運の女神をいち早く見つけ、そしてためらわずに飛び付く。そのためには真の芸術家が持っているような研ぎすまされた感性、そしてとにかくやってみようというチャレンジ精神が不可欠ではなかろうか。
 (学会ニュ-スVol.1 No.1巻頭言より)